2000年より開設して早25年、今後とも宜しくお願いいたします

5歳児に胸ぐらを掴んだブラジリアン柔術指導者の問題行為|現役黒帯指導者が徹底解説

目次

はじめに|この記事を書いた理由

SNSに流れてきた投稿を見て、正直言って言葉を失いました。

ブラジリアン柔術を長年指導してきた立場として、また格闘技というものを愛してやまない者として、黙っていることができないことです。

SNSである母親が投稿した内容が190万人以上の目に触れ、今もネット上で波紋を広げています。

内容を整理します。

  • 5歳の男の子が初めてブラジリアン柔術の体験に訪れた
  • ルールの説明もなくスパーリングが始まった
  • 子どもが戦隊ヒーローのような動きで足を出した(空振り?)
  • それを「蹴った」と判断した指導者が、突然子どもの胸ぐらを掴み、体が宙に浮くほど持ち上げ、壁に押しつけた
  • 子どもは恐怖のあまりその場で失禁
  • 子どもは後に「何をされるか分からなくて、殺されるかと思って怖かった」と語った

読んでいるだけで胸が痛くなります。

この記事では、ブラジリアン柔術の黒帯指導者として、この行為を検証します。
そして、被害を受けた親子が今後どう動くべきか、さらに「格闘技の指導者とはどうあるべきか」についても書いて見ようと思います。

まず言いたいこと|疑う前に、信じてあげてくれ

ネット上では「嘘じゃないの?」「大げさ」「格闘技だから仕方ない」という声も一部あります。

それは違います。

まだどの道場か、誰が指導者かも特定されていない段階で、この母親の話を頭ごなしに疑って「嘘だ」と言うことの残酷さを考えてほしい。

嘘だったとしても、嘘であればそれでいい。
でも今この瞬間、一人の5歳の子どもが毎晩思い出しては泣いている、その事実は変わらない。

まず信じる。その上で判断する。

それが弱い立場にいる人間に対してできる、最低限の人間としての姿勢ではないだろうか。

BJJ黒帯インストラクターとして断言する|これは「指導」ではない

ブラジリアン柔術における「子ども指導」の原則

ブラジリアン柔術は確かに組み技・寝技を中心とした格闘技です。
しかし特に子ども、とりわけ初体験の子どもに対しては、以下が大原則です。

① 安心できる環境づくりが最優先
格闘技に初めて触れる子どもにとって、道場はまったく未知の場所です。
まずその場が「安全だ」「楽しい」と感じてもらうことが、指導者の最初の仕事です。

② ルール説明は必須
何をしていいのか、何がNGなのかを丁寧に伝えることは絶対条件です。
今回の投稿によれば、ルール説明はゼロ
「足にタックルしてね」と言っただけでスパーリングを開始したとのことです。これだけで、すでに指導として失格です。

③ 5歳児のスパーリングは「遊び」の延長
5歳という年齢を考えてください。戦隊ヒーローのマネをして足を上げる。
それは当たり前の反応です。それを「蹴った」と判断し、大人が制裁を加えるというのは、格闘技の指導ではなく、単なる感情的な暴力行為です。

④ 恐怖は百害あって一利なし
格闘技の上達において、恐怖による萎縮は最もパフォーマンスを下げる要因の一つです。
子どもに「怖い」と感じさせることは、指導として完全に逆効果。これは格闘技の基礎中の基礎です。

胸ぐらを掴み、宙吊りにして、壁に押しつける

これを「指導の一環」と言う人間がいるとしたら、私はその認識を全力で否定します。

これは指導ではありません。
これは暴行です。

格闘技の文脈に置こうが、道場という場所で行おうが、5歳の子どもの胸ぐらを掴んで体を宙に浮かせ、壁に叩きつける行為に「指導」という言葉は一切当てはまりません。

指導者が「私の判断です」「蹴ったんで」「一応スポーツなんでね」と言ったとのこと。

この発言自体が問題の本質を物語っています。

「私の判断」——自分の行為を正当化しようとしている。
「蹴ったんで」——5歳児の空振りを制裁の理由にしている。
「一応スポーツなんでね」——スポーツの名のもとに暴力を合理化しようとしている。

これが「指導者」を名乗る人間の言葉です。

昭和の「スパルタ指導」は、もう終わりにしなければならない

かつての格闘技の世界には「厳しい指導こそが強さを生む」という文化がありました。
鉄拳制裁が当たり前、怒鳴ることが「愛情」と呼ばれた時代。

でも、今はそういう時代ではありません。

スポーツ心理学の研究でも、恐怖や暴力による指導は短期的にも長期的にも競技パフォーマンスを下げることが繰り返し証明されています。それ以上に、子どもの心に深刻な傷を残します。

今回の子どもは事件以来、毎晩思い出しては泣いていると母親は書いています。
「何をされるか分からなくて、殺されるかと思って怖かった」という5歳児の言葉。

格闘技を嫌いになるどころか、トラウマになるかもしれない。

指導者の一瞬の感情的な行為が、一人の子どもの格闘技への夢を、あるいはもっと大切な何かを壊してしまうかもしれない。

それがわからないとしたら、その人間は指導者を名乗る資格がありません。

格闘技の世界に長く身を置いてきた自分から言うと
昭和気質の指導で「俺の時代はこうだった」を押しつけることは、今の時代においてはただの指導者の失格です。

被害を受けた親子へ|今すぐ取るべき行動

1. 警察への相談は正しい判断

母親はすでに警察に行く意思を示しています。
これは正しい判断です。

5歳の子どもの胸ぐらを掴み、体を宙に浮かせ、壁に押しつける。
これは刑法上の暴行罪・傷害罪に該当する可能性があります。
精神的なダメージを考えれば、傷害罪として立件できる可能性も十分にあります。

警察への相談時に持参すべきもの:

  • 動画(最重要証拠)
  • その日のタイムライン(時系列メモ)
  • 病院の診断書(すでに受診済みとのこと、よかった)
  • SNS投稿のスクリーンショット

2. 弁護士への相談も並行して

格闘技の連盟への連絡よりも、まず法的な専門家に相談することを強くすすめます

連盟はただブラジリアン柔術を指導可能な道場であること、試合出場可能であることくらいの管理しか行っておりません。しかしジムやそのジム系ネットワークで、「丸め込まれる」という母親の不安は、残念ながら的外れではありません。法的な手続きを通じることで、はじめて公正な場で事実が問われます。

弁護士費用が心配な場合は、法テラス(日本司法支援センター)への相談から始めることができます。
初回相談は無料です。

3. 動画の公開については慎重に

「晒せばいい」という声がSNS上で多くあることは理解します。

私自身、格闘技の世界に長くいて、環境的に守られているから言えることですが——確かに公開することで「次の被害者を防ぐ」という意味はあります。

しかし母親が言う通り、公開することのリスクを自分が負えるかどうかは、本人にしか判断できません。反論が来たとき、誹謗中傷が来たとき、その盾になれる環境が整っているかどうか。

大多数の人にとって「格闘技は怖いもの」です。指導者側からの反撃に対して、どう身を守るかの準備なしに公開することは、二次被害につながる可能性もあります。

まずは法的手段を固めてから。公開はその後でも遅くはありません。

格闘技指導者・道場主が今すぐ考えるべきこと

子ども体験者への「ゼロライン」を設けているか

今回の事案で改めて問い直したいのは、「子ども体験者」に対して自分の道場がどのような基準を持っているかということです。

  • ルール説明は必ずしているか
  • 初日にスパーリングをさせる場合の安全基準はあるか
  • 感情的になったときに「一歩引く」という内規はあるか
  • 指導者として、自分の行動を録画されても問題ないか

最後の問いが、すべてを表していると思います。

SNS時代の指導者像

今や道場での出来事はスマートフォン一台でいつでも記録できます。
今回もたまたま動画が残っていた。

「見られていない」という時代はとっくに終わっています。

子どもたちを指導する立場にある人間は、常に自分の行動が公正な目で見られているという意識を持つべきです。それは委縮することではなく、誇りを持って指導するということです。

正しい指導は、見られても何も恥ずかしくない。

まとめ|許されない行為であることを、業界全体で認識してほしい

今回の一件は、特定の道場や指導者だけの問題ではありません。

格闘技業界全体が「これは許されない行為だ」と明確に言える文化を持っているか。
子どもたちが安心して格闘技に触れられる環境を整える責任を、指導者一人一人が自覚しているか。

ブラジリアン柔術は素晴らしいスポーツです。

グレイシー一族が世界に広めたその哲学は、強さとともに「冷静さ」「礼節」「相手へのリスペクト」を重んじるものでした。その精神とは真逆の行為が、今回起きたことです。

被害を受けた5歳の子どもが、いつかまた格闘技を「楽しいもの」として捉え直せる日が来ることを願います。

そしてこの業界に携わるすべての指導者に伝えたい。

子どもの心は、技よりも先に守るものだ。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次